宮城県

(私達の写真を見るために、リンクを押して下さい

所:仙台市と石巻、宮城県

期間:2012年の10月27日から10月28日

旅行の印象:

 

ロッシュニが初めて石巻に行ったのは、20118月でした。

 

311日の地震と津波が町を破壊し、多くの住民の生活のバックボーンになっていた漁船、養殖場、作業小屋を含む沿岸の設備のほとんどを流し去った数ヶ月後でした。多くの最愛の人たちがあの日亡くなりました。

一番目立ったイメージは海から遠くても、ビルの外観は津波の高潮線の気配があって、私の頭の上にありました。他のボランティアーの方々と一緒に石巻のぼろぼろな道で、住民にヤタイを作ってあげました。輪投げのブースを経営した時、ほとんどの町の子供達が大きすぎる寄付されたセータと服を着ていたと気づきました。

最近、私達は石巻に帰って、全く違う感じのあるところでした。今も復興活動が進んでいますが、もっと鮮やかな雰囲気を感じていました。27日の朝、私達は漁師の阿部さんと阿部さんの息子さんにあって、石巻の海鮮産業について教えてくれました。3年間のライフサイクル で、阿部さん達はホタテを育てて、小さいホタテ (浮遊生物の段階)を集めて、特別な方法で, ホタテがだんだん大きくなって来ました。3.11の前に、阿部さん達は80%出来上がったホタテと20%まだ成長していたホタテの種があったんですが、津波の被害で、今その種は逆になりましたー80%のホタテはまだ成長中です。

阿部さん達の漁師の共同体の18の船の中で、10が壊されました。3.11に石巻の漁師の方々はひどい状態に直面していました。阿部さんは私達にいろいろな悲しいお話をしてくれました。津波を見た時、阿部さんの知り合いは自分の船に乗っていました。まさに死に直面していたので, 彼は自分の体を舟に縛りつけた。そうすれば遺体が見つけられ家族に返されるだろうから。

あの日について私達が考えるのはそんなことです」と阿部さんは話した。

部さん達は仮設住宅に住んでいるのに、ホタテ”養殖場” や他のインフラを建設する事ができて、今、直倍所でホタテを売っています。 日本の黒猫サビスで、ホタテ10個は1500円ですけれども、スーパや他の卸問屋で、確かに2倍や3倍高いに成るかもしれません。

漢字:

再生は適当な漢字だと思います。3.11の後で、阿部さん達のビジネスも、石巻のインフラや心も再生の段階にある気がします。

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One Response to 宮城県

  1. Pingback: Miyagi Prefecture 宮城県 | 47 Japanese Farms: Japan Through The Eyes of Its Rural Communities – 47日本の農園

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